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大阪高等裁判所 昭和60年(う)58号 判決 1985年10月23日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官田中豊作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人飯田俊二作成の「控訴理由に対する反論書」記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、量刑不当を主張し、本件事案の規模、犯行の動機、計画性、態様の悪質性、対外的信用の失墜等諸般の情状に照らすと、本件は当然懲役刑の実刑に処せられるべき事案であるから、被告人に対し懲役二年、執行猶予四年の刑を科した原判決の量刑は、著しく軽きに失する、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、まず、本件において被告人が公訴を提起された事実は、被告人が、(一)外二名と共謀のうえ又は単独で、スナック「ポートピア」の経営者吉田之子に対し、同女がホステス名目で雇い入れた婦女に遊客相手の売春をさせていることを知りながら、フィリピン女性四名をホステス名目の売春婦として紹介して雇い入れさせ、もつて、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業紹介し、(二)外一名と共謀のうえ、フィリピン女性たる売春婦二名に対し、日本人遊客各一名を売春の相手方として紹介し、もつて売春の周旋をしたという。職業安定法六三条二号(右(一)の事実)及び売春防止法六条一項違反(同(二)の事実)の各事実であり、原判決は、右各公訴事実に副う事実を認定したうえ、被告人を懲役二年、執行猶予四年の刑に処したものである。なお、原判決は、被告人と共同審理を受けた右(一)の事実の共犯者二名のうち、一名(山内章)に対しては懲役一年、執行猶予四年の、その余の一名(金業録)に対しては罰金三万円の各刑を科し、これらの刑は、すでに原審限りで確定しており、他方、被告人が女性を紹介した相手である前記吉田之子に対しては、管理売春罪による懲役一年一〇月、四年間執行猶予、罰金三〇万円の刑が確定し、前記(二)の事実の共犯者(甲女)は、起訴猶予処分に付せられている。

ところで、被告人が、かつて暴力団に所属し、約三年近く組員としての生活をしたことがあること、従前の職歴も、ウエイター、バーテン、個室付浴場ボーイ、同ウエイターなどの水商売であり、近年は、個室付浴場従業員として稼働する妻の収入に依存して生活するなど、その生活態度は必ずしも芳しいものではなかつたこと、昭和五四年九月には、けん銃及び実砲の不法所持罪で、罰金二〇万円の略式命令に処せられたほか、同四四年九月には、スナックへ乗り込んで暴れた傷害罪の前歴をも有することなどの点は、記録並びに当審における事実取調べの結果に照らし、所論の指摘するとおりであると認められ、また、被告人が、本件犯行において主犯と目すべき立場を占めていたことは、原判決も認めている。

しかしながら、他方、被告人には、これまでに懲役刑の前科は全くなく、右に指摘した以外には、格別法律に触れる行動をした形跡がないこと、原審において、約四か月に及ぶ身柄拘束を受けており、わずか五万円ではあるが、法律扶助協会に対し贖罪寄附をするなど、それなりに反省の情を示していること、本件の共犯者及び実質上の共犯者に対しては、すべて執行猶予付き懲役刑ないし罰金刑等が確定していることなどの有利な情状も認められるのであるから、本件において起訴され有罪の認定を受けた前記の事実が、その手口・態様等からみて格段に悪質なものと認められない限り、被告人に対する原判決の前記量刑が、この種事犯に対する一般の量刑の実情から大きくかけ離れたものであるとは、にわかに考え難いところである。

これに対し、所論は、種々の理由を挙げて、右犯行の悪質・重大性を強調し、原判決の刑が軽きに失すると主張する。その主要な論拠は、1本件が、大規模かつ国際的な売春婦供給事業の一部と見られること、2計画的、組織的な犯行で、動機に酌量の余地はなく、犯行の態様が悪質であること、3本件が、日本の国際的信用を著しく失墜させるものであることの三点にあるが、所論は、さらに、右1、2の点に関連し、4被告人は、フィリピン女性を言葉巧みに勧誘しては多数来日させ、いやがる同女らに、売春を強要して巨利を得ており、5女性らが入国するや即座にパスポートや航空券を取り上げ、自己の賃借したマンションに居住させて外出を制限し、その人身の自由を強く拘束しており、6被告人経営の「カルチェ・パリス」における同女らの稼働条件及び周旋先での稼働条件は、いずれも劣悪であつたなどの点を強調している。

そこで、本件犯行をめぐるこれらの情状につき、さらに検討するのに、記録によれば、被告人は、自己の経営するスナック「カルチェ・パリス」の営業上、人件費の安いフィリピン女性を使用してはどうかとの共犯者山内章の進言を容れ、当初、同人を渡比させて現地のプロダクションを通じ二名の女性を雇い入れたが、その後、同女らの誘いにより自費で来日した女性(ニダことA)をホステス兼売春婦として雇い入れたのちにおいては、更に多くの器量の良い女性を雇い入れ、同店で余れば他店にホステス兼売春婦として供給し謝礼金を取得しようと考え、自ら再々フィリピンへ渡つては、現地の周旋屋等を通じ、合計一一名(前記三名を加えると一四名)の女性をホステス兼売春婦として来日させることに成功したこと、被告人は、これらの女性が来日するや、その逃亡を防ぐためパスポート等を取り上げ、自己の賃借したマンションに居住させては、しばらく、前記「カルチェ・パリス」に通勤させ、ホステス兼売春婦として稼働させる一方、大阪市ないし堺市等の多数の飲食店に対し、同女らをホステス兼売春婦として紹介しては、多額の報酬を得ていたこと、本件において起訴され有罪と認定された事実は、これらの周旋行為等の一部であることなどの事実は、おおむね所論の指摘するとおりであつたと認められるから、本件が、相当程度の規模を持ちある程度の計画性のある、国際的な売春婦供給事業の一環であることはこれを否定し難く、これを悪質・重大な犯行とする所論の指摘には、傾聴すべきものがある。貧困な女性らに対し、金銭を餌として売春を慫慂し、これを男性の性的享楽の道具とすることにより自らの経済的利益を図ることは、他人の弱味につけ込んで性を商品化する、人間としてきわめて恥ずべき行為といわなければならないが、ことに、それが、経済的弱者の立場にある他国の女性に対し、強者の立場にあるわが国の男性によつて行われるときは、第二次大戦による被害体験と重なり合い、他国民の民族感情を強く刺激して、微妙な国際問題にも発展しかねないことは、見易い道理である。当審証人乙女の当審公判廷における供述によれば、近時激増するこの種事犯により、現地国民のわが国に対する国民感情が急激に悪化しつつある状況が看取されるが、被告人としても、自らの軽率な行為の持つ意味、与えた影響の重大性等にも思いを致し、この際深く反省する必要のあることは、当然のことである。

しかしながら、いうまでもないことながら、本件において被告人がその刑責を問われているのは、フィリピン女性四名に対する公衆道徳上有害な職業紹介の事実と、同じく二名に対する売春の相手方の周旋の事実であつて、被告人に対する刑罰の量及び質は、周辺の諸般の情状を参酌しながらも、基本的には右各行為に対する責任を中心として決定されなければならない。いわゆる起訴されざる犯罪は、これを被告人の性格、経歴及び犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知する資料として考慮しうるに止まり、いわゆる余罪としてこれを処罰する趣旨で量刑の資料とすることの許されないものであることは、つとに最高裁判所大法廷判例(昭和四一年七月一三日判決・刑集二〇巻六号六〇九頁、同四二年七月五日判決・刑集二一巻六号七四八頁)の判示するところであつて、本件においても、右判例の趣旨とするところは、尊重されなければならない。その意味において、所論の指摘する本件犯行の規模、態様等のうち、被告人が、本件で起訴されている六人の女性の関係以外に、さらに八名の女性をフィリピンから来日させ、売春婦として他の飲食店に売春婦として周旋していることとか、右各女性全員を「カルチェ・パリス」において売春婦として稼働させていたこと、さらには、周旋先の吉田らが、同女らを使用して管理売春行為を行つていたことなどの点を決定的に重視して被告人の量刑を決するのは相当ではないというべきである。また、この種行為の国際間に及ぼす影響の点につき、被告人自身も日本国民の一人として真剣に考えなければならないことは前記のとおりであるにしても、現実の量刑においては、現に与えつつある影響の重大性に目を奪われるの余り、そのすべて又は大部分を被告人一人の責に帰せしめるようなことになつては、刑法における責任主義の大原則に背反する結果となろう。

このように考えてくると、本件における被告人の量刑を決するにあたつて最も重要な意味をもつ点は、ア被告人が、フィリピン女性を勧誘するにあたり、不当な甘言を弄したり、来日させたのち、前言に反して売春を強要したことがあつたかどうか、及びイ他店へ同女らを売春婦として紹介した行為が、同女らの意思に反したものであつたかどうかの二点に帰することになる。もしこれらの点が証拠上肯定されるのであれば、被告人の本件職業紹介行為等は、他国の女性の人権を無視すること著しい、きわめて悪質な犯行であることとなり、初犯同様の被告人に対しても懲役刑の実刑を考慮する余地があるであろう。

しかしながら、本件においては、右の二点は、いずれも証拠上これを肯認することができない。たしかに、本件において起訴の対象とされたA、B、Gの三名は、捜査官に対する供述調書中において、いずれも、「日本へはホステスとして働くつもりで来た、まさか売春させられるとは思つていなかつたが、来日後被告人に大声で命令され、ことわり切れずに、やむなくこれに従つて売春することになつた。」との趣旨の供述をしている。しかし、被告人は、捜査段階以来、「女性を勧誘するにあたつては、『ホステスとして月五〇〇ドル(又は六〇〇ドル)、食費を一日六〇〇円支払う。これ以外に売春をすれば一回につき一万円支払う。給料は月一二万円だが、売春をすれば、併せて月二〇万円位にはなる。』旨説明し、売春の支障になる傷痕がないかどうか、同女らを裸にして身体検査をした。来日後、同女らが売春を嫌がつたことはなく、むしろ、収入を増やすためにもつと客を沢山紹介してくれと要求された。」との弁解しているところ、Aらの前掲各供述調書は、同女らの強制退去後に同意書面として取り調べられたもので、反対尋問による信用性のテストを受けていないうえに、このように近く強制退去させられることが明白で将来公判廷において反対尋問を受けるおそれのない者は、時に、事実と異なる弁明をして、自己の立場を正当化しようとすることがありうるのであるから、右各供述調書の信用性の判断は慎重でなければならない。しかるところ、本件においては、被告人に勧誘されて来日した他の女性、例えば、C、D、E、Fなどは、一様に、被告人から事前に売春もある旨の説明を聞いたが、承知して来日した旨明確に供述していること、前記Gを含む右同女らの供述により、被告人が面接の際に同女らを裸にして身体検査をした事実も確認されること、右女性らの中には、フィリピンでホステスといえば当然売春を含む意味で使われている旨の説明をする者さえいること、売春のことを知らずに来日したという前記Bは、若年ではあるが、現地の周旋人Hの情婦であることなどの事実が、証拠上容易に肯認されるのであつて、これらの点をも併せて考察すると、前記Aらの捜査官に対する供述調書を一方的に信用するのは危険であるといわなければならなず、右の点については、被告人の前記弁解を一概に排斥し難いというべきである。また、本件全証拠によつても、被告人が、右女性らとの間の給与や売春料に関する当初の約束に違反したとの事実は、これを認めるに足らず、被告人の他店への同女らの周旋行為が、同女らの意思を無視したものであつたとの点についても同様である。(なお、原判決は、「量刑の理由」の項において、被告人が、A及びBの両名につき、同女らが売春を嫌がつているにもかかわらず、大声で怒鳴りつけるなどして売春に応じるように仕向けた旨の事実を認定しているが、証拠上右認定を是認しえないことは、すでに説示したとおりである。)

もつとも、被告人が、来日した女性らに逃げられないため、当初パスポート等を預つたこと、自己の賃借したマンションに同女らを居住させて、みだりに外出したりしないよう指示していたことなどは事実であると認められるので、同女らの行動の自由が、当初相当大幅に制約されたことは明らかであるが、被告人の「パスポートは、同女らの来日後しばらくして返している。」旨の弁解は、本件発覚後大阪入国管理局に身柄拘束中の同女らの大部分が、現に旅券を所持していた事実に照らし、にわかに排斥し難いし、被告人が右旅券返還後同女らの行動を厳しく看視していたとの事実も、証拠上これを認めるに足りない。したがつて、これらの点も、本件における被告人の量刑を決定的に左右するまでの情状たりえないというべきであり、その他、詳細な所論の指摘にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討してみても、他に、四年間という比較的長期の執行猶予期間を付したうえ、被告人を懲役二年の刑に処した原判決の量刑を、当審において左右するに足りる事由を見出し難い。

論旨は、理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条三項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松井 薫 裁判官村上保之助 裁判官木谷 明)

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